- 2006年10月29日 19:05
- Diary
「ニート」が、相次ぐメディア露出によってライフスタイルとして認知されてしまっているのではないか、というのと同様に、
「いじめを苦に自殺」も、一つのライフスタイルとしてよりカジュアルになってしまうんじゃないか、と感じる。
(自殺をライフスタイルやカジュアルと言うと荒唐無稽だ。自殺はそんな軽いもんじゃない、とも言えるし、本当に苦しんでいる人に対してその言い方は失礼だろう、とも言えるので、正直書きづらい。だけど、違うのは程度だけで本質は似ていると感じるし、考えるのに便利な表現なのは確かなので、この言葉を選んだ)
いじめに合っている子だってニュースを見ることもあれば雑誌を読むこともあるだろう。どうしようもない行き詰まりを感じながらも、自殺だけは思いとどまっていた人が、自殺が、今まで思っていたより多いことを知ったら、どう思うだろう。
相次ぐいじめ自殺報道に対して何が起こるかを想像すると、恐ろしい結果になる。だから自殺報道を控えるべきだ、とは思わない。今のところ自分の中で解は得られていない。
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