- 2007年12月26日 03:49
- Diary
狼が来たと何度も嘘をついた少年は、自分でついた嘘のせいで、自分が守らなくてはいけない羊を殺されてしまうわけだけど。
自業自得で済んだのはマシな結末だよね。たとえ少年自身が狼に殺されたとしてもまだマシだと思う。寝ていた親が噛み殺されたというストーリーのほうが、印象的で強い教訓になるんじゃない?
mixiで、行方不明になったという12歳の少年の捜索の協力を願う日記が広がっていて、その内容には、コピペしてマイミクに広めてくださいとある。
広がるスピードは、ITmediaによると25日13時の時点で15件/hour。コレを書いている今は26日4時だけど、その2倍ぐらいかな。とても遅いように見える。
日記の新しいコピーには、行方不明を知らせるTV番組や神奈川県警へのリンクが追加されている物が増えてきたようだけど、その割合はまだ少ない。自分が最初に見た日記のコピーも、信憑性を素早く評価できる物ではなかったんだ。
信憑性は自分で調べれば良いという考え方もあるだろうけど、調べて分かる物なら当然リンクを添えるだろう、添えていないのは無いということか、という考え方もあるし。嘘だとは結論しなかったけど、結局自分はその日記のコピーは作らなかった。
良い判断だったかどうかは分からないけど、件の寓話の、狼と聞いても駆けつけなくなった大人達と似ているのは本当だと思う。
ところで、
件の寓話の一般的な教訓は、「嘘をつくと信じてもらえなくなる」だけど、「嘘吐きを重要なポストにつけたままにしてはならない」という教訓も、同じぐらいの重みで得られる。調べてないけど多分既出。大人達は賢くも、少年の言葉が嘘であると学習したけど、愚かにもそれを放置したために羊を失った。
これが、親が殺されるという話だと重みが狂ってしまうんだ。失う物に、村の財産とも言える羊を据えることで、大人も子供も、別々だけど同じぐらい有用な教訓を得られるようにした、というわけ。知らないけどw
じゃあ、今回の行方不明の件で得るべき教訓は何だ?
「mixiでチェーンメールは禁止です><」
じゃ、ないよね?
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