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キモい。 キモい。

P2256665.jpgこれはキモい
これはつまらない
これはくだらないものだ

これらは、対象を表現する語として捉えられがちだけど、多くの場合で、実際は発言者の状態を表す語だ。

いずれも、自分には良さを見いだす能力がない、ということを言っている。そういう状態の時は、自分が劣っていると考えるのは心にストレスがかかるので、対象が劣っているという言い方をするわけ。


特に、自分には心得があると思っている分野で、自分が好ましいと思わなかったものが台頭してきたときに、混乱からの防衛も含めてこの状態に陥りやすい。特にキモいという言い方をする場合は、かなり大きく混乱している。

これは、作り手などの、サービスを提供する立場の者には大きな危険を伴う状態だ。なぜかというと、ひとたび否定してしまうと、自分はそれを専門としていながら、それを好む人たちにサービスを提供する能力は無い、と公言しているのと同じだからだ。また、その状態では対象が劣っているという結論を得ているわけだから、好まれる理由や、台頭してきた経緯を考察する動機も失われている。

こうして、否定してしまうことで、自分が出来る事、提供できるサービスをどんどん減らしていくことが出来る。サービスを提供する立場の者がサービスを提供しない、というのは、対価が得られないということでつまり死だ。

もし本当に「(俺が思うに)最高の物」が作りたいなら、生業などにはしないことだ。割の良い生業を得て、最高の物は余暇で作るのがよい。運が良ければ(*1)、最高の物から収入を得ることもあるだろう。


supercell-初音ミクのオリコンデイリー上位を受けて一般音楽方面からの初音ミクへの言及が増えているんだけど、考察しようと思いながらもうっかり否定して失敗というパターンが目に付くので自戒も含めて。

嫌いなら難しいことを考えようとせず嫌いと一言、言えばいい。

好きなのに理由は無いとか言うのに、嫌いなのには嫌いが正当である理由をいっぱいつけたがるのは、ちょっと面白い。


---
ところで
何か成功した製品の開発者インタビューなんかで

「自分が欲しいと思える物を作った」

よく見かけるよね。あれはね、成功の理由として真に受けちゃいけない。あれの意味は次のどっちかだよ

・本当の仕掛を言いたくないので美談で誤魔化そうとしてる、つまり嘘
・もし嘘が無いなら、成功したのは運ですという意味 ←*1

さもなければ、俺が欲しい物を皆が欲しくないわけがない。つまりお花畑クンだ。

気をつけたい。

Comments:14

Caim 2009年3月17日 12:28

自分にとって未知なる何かを恐れるのは、生物として普通の反応だとは思いますが…せっかく人間に生まれてきたのだから、人間に出来る事(考察・忍耐?)を試してみたい所です。
惜しむらくは、その人間の可能性が悪徳や変態性欲にも繋がっている事ですが(笑)

舟月らぴす 2009年3月17日 15:31

れふぇさんがキモイ(^ω^)

甘いものにほろ苦いカラメルがかかったプリンのような話ですね。
それで珈琲があれば素敵なひとときとおもったら写真が珈琲とはいやはや。

名無しさん 2009年3月17日 17:42

私なんかは、「自分が欲しいと思える物を作った」というコメントには「私は皆さんと同じ感受性の持ち主です。私は皆さんの求めているものを良く分かっているんです。私は皆さんの味方です」という意味合いが込められているように感じるのですが。
まあ、うそ臭いのは認めます。

Anonymous 2009年3月17日 19:09

>さもなければ、俺が欲しい物を皆が欲しくないわけがない。つまりお花畑クンだ。
この一文が理解できない
言葉が足りない所為で、前文から論理が飛躍してない?

あのにますかわーど 2009年3月17日 21:40

> 嫌いなのには嫌いが正当である理由をいっぱいつけたがる
面白いだけでなく、この事について更に一歩踏み込んで考えると、サービス提供について別の角度から考察することもできそうですね。

まる 2009年3月17日 23:31

長文スイマセン
ストレスを無意識に避けるのは人間なら普通のことですけど、
それって真面目に何か考えよう・評価しようとするときにはすごく邪魔ですよね。
自分で意識してないので、対処しづらいし他人に指摘されても気付きづらい。

>Anonymousさん
>言葉が足りない所為で、前文から論理が飛躍してない?
成功する製品=みんなが欲しい物と仮定した上で、
何か成功した製品の開発者インタビューなんかで
「自分が欲しいと思える物を作った」
と言った場合のパターンとして
1. ウソ
本当はみんなが欲しい物を調べて考えて作ったけど、
詳しくは言えない(or 言いたくない)ので嘘をついてみた

2. 本音。だけど成功したのは運です
自分が欲しいと思う物を作ってみたら、たまたまみんなが欲しい物になった
or 自分が欲しい物とみんなが欲しい物がたまたま同じだった

3. 本音。そして運のせいではない
自分が欲しいと思う物を作ってみたら、みんなが欲しい物になった。それはたまたまではない。
つまり自分が欲しい物とみんなが欲しい物は等しい。

1と2を除外すると3が残るのは、別におかしくないんじゃ?

仕事として製品を作る以上、成功しないとダメなわけだから、みんなが欲しい物を作る以外の選択肢はないはずで。
それを「自分が欲しい物を作った」とか本音で言う人は、(究極的には)お前仕事する気あるんかいという話になっちゃいますね。そこで
>もし本当に「(俺が思うに)最高の物」が作りたいなら、生業などにはしないことだ。
につながるんですね。これ、物作る仕事してる人はたいてい同意するんじゃないでしょうか。

circias 2009年3月18日 02:35

鋭い分析だと思いますね。私は、「嫌い」と言うと波風が立つので、「苦手」って言うようにしています。本音は嫌いなんですけどね。
一番鋭いなぁと思ったのは、好きなのに理由は〜のくだり。冴えた指摘だと思います。

albus 2009年3月20日 13:15

いつも拝見させていただいてますが話題がむずかしいのでなかなかコメントのしようがなくて困ってました。とりあえず絵がどれもすばらしいです。好き。

Aono 2009年3月20日 14:00

D子に釣られたw
キモいは独占環境を崩壊させる可能性のある新興者に対して発せられる魔法の言葉。
安定した生活を求めるなら、絶対崩壊しない独占環境に身を置くか、
常に開発者の視点を怠らないかのどちらかなのでしょうね。

KEi 2009年3月21日 23:27

>嫌いなのには嫌いが正当である理由~

 動物的な意味でのxenophobiaですからね。
理由をつけたがるのが人間らしさと言えなくもない。

>自分が欲しいと思える~

これはアリだと思うんですよ。
もちろん性的な意味でxD

refeia 2009年3月22日 00:04

>惜しむらくは、その人間の可能性が悪徳や変態性欲にも繋がっている事ですが(笑)

人に迷惑をかけるかというのは別の問題だと思うので、そこは気をつけるべきだとしても惜しむほどでもないかもしれませんね。


>れふぇさんがキモイ(^ω^)

(^ ω^)オッスオッス
(^ω ^)


>「私は皆さんと同じ感受性の持ち主です。私は皆さんの求めているものを良く分かっているんです。私は皆さんの味方です」という意味合いが込められている

それはありそう。その場合もやっぱり、自分が欲しい物を作ったというよりは皆が好きなのをわかっていて作った、「つまり嘘」という範疇ということで大目にみてくれませんかねw


>>さもなければ、俺が欲しい物を皆が欲しくないわけがない。つまりお花畑クンだ。
>この一文が理解できない

わかりにくくてごめん。俺様が欲しいものを作って皆が欲しくないわけがない、という考えで物作りをしている、おめでたい脳である、という意味合いです。まあジョークなのでカウントしなくていいですw


>> 嫌いなのには嫌いが正当である理由をいっぱいつけたがる
>面白いだけでなく、この事について更に一歩踏み込んで考えると、サービス提供について別の角度から考察することもできそうですね。

悪口を言いたいという要求は少なからずある、つまり悪口を言わせてあげたり言いやすい環境を提供するのはサービスになる、サービスになるのでビジネスになる、という話ですかね。


>まるさん

フォローありがとうー
助かります。


>「嫌い」と言うと波風が立つので、「苦手」って言うようにしています。

ウチも苦手って表現は好んで使うかな。ちょっと合わない、とかw
必要以上に刺激しても仕方ないですしねー


>とりあえず絵がどれもすばらしいです。好き。

ありがとうー!
絵で萌えて日記で萎える循環系オッケー!


>安定した生活を求めるなら、絶対崩壊しない独占環境に身を置くか、

なかなか無いですよねー。維持が比較的楽というのはあるにしても、特に、規模が大きい場合はゆっくりながらも確実に降りていきます
なので絶対崩壊しない個人ニートになりたい。


>理由をつけたがるのが人間らしさと言えなくもない。

理由と現象が違いに補い合って納得して安心できる状態じゃないとストレスになるみたいなのはあるかも。
性別でも傾向の差はありそうで興味が沸くなー

wini 2009年3月22日 02:16

確かに、自分が売ってほしいものは、他人が買ってほしいものとは、まったく違うかもしれないが、運がよければ沢山に売れる、そうでなくても広告でなんとか売ってやる。問題はお金と時間だけ。運が悪ければ、生まれが最悪か、死んだ百年後に売れ始めるか、のどっちになってもおかしくはない。

だが時間は生物の歴史とともにいた、そして未来へ行くために、人間にはお金、つまり自由に交換できる「人間の価値」が必要。だから安らかに死にたい人も、死を挑みながらも元気に生きていきたい人も、自分の売ってほしいものを、他人が買ってほしいものにしなければいけない。たとえ超然な宗教でもな。

でも法律があったから沢山売るのはいけない商売もあるね、生きるのって難しいな。世にとって必要のない自分はなぜ生きてるのかを考えるとさらに頭が痛くなる、やっぱ自立してから考えよう、ニートな僕! >w<

aki426 2009年3月22日 03:26

最後のインタヴューの話ですけど.

真意としては,
「自分が欲しいと思えない物は作らなかった」
程度のニュアンスで言ってるんじゃないかと思いたいです.
これがもし
「自分が欲しいと思えない物だけど仕方なく作った」
だったらちょっとヤです.
……自分の直観ねじまげてまでやれることって少ないと思うんですけども.

川瀬蒼司 2009年3月31日 02:03

初めて書き込みします。初めまして川瀬蒼司です(何
面白い考察ですね。今更ながらじっくり読ませていただきました。

個人的には、感性なんて人それぞれで、万人に好かれるものを作るというのは、立場も含めたら無いと断言出来てしまえるレベルになるのかな、と思っています。ここ最近は特に。

自分が欲しいもの、好きなものを作るのは、企画立案者という立場であれば、至極当然だと思っています。むしろ、消費者ニーズのリサーチ結果や市場調査結果などから作られるマスプロダクトは、要点は抑えられているけど、他の製品と変わり映えのしない、ごく当たり前の製品になりがちになってしまうのかな、と。企画書は書き易いだろうけど真っ向勝負のシェアの食い合いは厳しいです。特別なメリットが無い限りは”ブランド”で選ばれてしまいますし。そもそも最近はメディアもプロダクトもマスじゃ売れなくなってきてるという現実が。。。ジャンルによりますが。

ターゲットプロダクトなんかは、これから企業が生き残るための道ですし、「欲しいものを作った」のであったとしても、市場として成り立つだけのユーザー数があるのであれば問題ないかなと。理由は後付でもいい。そもそも個人が自分が欲しいからと言って企画書書いてノーチェックで通過するなんて企業、無いと思いますしあっても困りますがw

refeiaさんが挙げている中だと、運というのが一番多いんじゃないかなぁ。売れると思ってなかったよどうしようみたいな。あとは恥ずかしい動機(パクリの寄せ集めとか)でおおっぴらに言えないとかありそうですw

運でもお花畑でも馬鹿でも、成功したものが正しいのかな、と。言っておきながらあまり好きな考え方ではありませんが、受け入れなければならない事実でも、またあるのかなーとか。

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